トンネルの怪

トンネルの怪

「終わらないんだ。走っても走っても一向にトンネルの出口が見えてこない。そのうち、カーナビの調子もおかしくなった。ハンドルを握る俺の手は汗でぐっしょりだったよ」
 向かいの席で誠(まこと)が両手をグーパーしている。その様子をぼんやり眺めていたら欠伸が出た。
 同じ話――誠が先週末に体験したという怪談話をかれこれもう二時間は聞いている。最終コマの講義を受けたあと、大学近くのこのファミレスに来てから、ずっとだ。
「その話、いつになったら終わるの?」
「まあ、そう言わずに聞いてくれよ」
 このやり取りも何度繰り返したか分からない。かといって他に話題は思いつかないし、誠がいつになく熱心に喋りたがるので、俺はこうして聞き続けている。ラジオを流していると思えば、退屈しのぎにはそう悪くない。
「それでな、何分も、いや何十分もアクセルを踏み続けて、俺は悟ったんだ。このトンネルは――」
「本物の心霊スポットだ、だろ?」
「そう! あのトンネルはマジの心霊スポットだったんだ。これまでいくつもの名所を巡ってきたけれど、本物は初めてだった」
 この台詞も飽きるほど聞いた。
 誠はわざと同じ話をして俺をからかっているのだろうか。
「不思議なことに、他に車は一台も走っていなかった。薄暗いオレンジ色のランプの下を俺はずっと一人で運転したんだ」
 何度も聞いてそのたびに想像した情景には、もうちっとも恐怖を感じない。
 テーブルの上でグラスの氷がからりと音を立てて崩れた。料理の皿はずいぶん前に片付けられている。それでも図々しく長居をしているのは、他に客が見当たらないほど店内が閑散としているからだ。
「ヤバいと思った。遊び半分で心霊スポットに来たことを後悔した。このトンネルは霊界へと繋がっていて、このままあの世まで走り抜けてしまうんじゃないか。そう考え始めたときだった。ふと視線を感じたんだ」
 俺は驚き、びくりと肩が震えた。誠の背後に子供の顔が浮かんでいたのだ。無表情のままこちらをじっと見つめている。
「こら! 覗かないの!」
 女の声が響き、子供の残念そうな顔が仕切りの向こうに引っ込んだ。どうやら奥の席には客がいたらしい。
 誠は後ろを振り返りはしたものの、何事もなかったかのように再び話し出した。
「けどな、その視線のような感覚はすぐに消えたんだ。もしかしたら俺の思い込みだったのかもしれない。恐怖を感じているときは何でもないことまで怖くなっちまうだろ。だから俺は自分に言い聞かせた。全部気のせいだって、すぐに出口が見えてくるって。……でも駄目だった。気のせいでは済ませられないことが起きたんだ。フロントガラスにぽつりぽつりと水滴が散らばりだしたんだよ。トンネルの中なのに雨が降ってきたんだ!」
 誠の大声に驚いたのか、通路を歩いていたウェイトレスが「きゃっ」と短い悲鳴を上げ、バランスを崩し、運んでいたグラスの水が俺のズボンにかかった。
 たいした量ではなかったがウェイトレスは慌てふためき、しきりに謝ってきた。俺は水だからそのうち乾く、と問題にせずその場を収めた。
「大丈夫か?」と誠が心配そうにこちらを窺う。
「平気だよ」
「そうか。で、どこまで話したっけ?」誠は首を傾げた。
「雨」
「そうだった。雨が降ってきて、俺はいよいよあの世行きを覚悟した。けれど、そのあとすぐにトンネルを抜け出せたんだよ。なんでだと思う?」
 この展開は初めてだ。俺は身を乗り出し、「どうして?」と訊き返した。
「ケータイが鳴ったんだよ。その途端に出口が見えた。トンネルを出た俺は車を停めて、ケータイを確認した。帰省の日時を尋ねる、母親からのメールだった。思うに、あのトンネルを出るには、きっと外部から何かしらの影響を受ける必要があるんだ」
「お客様……」
 声の方を見ると先程のウェイトレスが立っていた。彼女は申し訳なさそうな表情で言った。
「混んできましたので、お食事がお済みでしたら……」
 俺たちは潔く席を立ち、会計を済ませて店を出た。
「長話して悪かったな。そのお詫びに、俺のおごりで今から飲みに行かないか?」
 誠の誘いに快諾し、俺たちは手近の居酒屋に入った。
 乾杯をしてビールを一口飲むと、誠は言った。
「無事にトンネルを抜けたと思って車を走らせていたら、次のトンネルが見えたんだ」

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宵野遑

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