奇祭「スリッパ祭」

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 午後六時、今年もようやく訪れた。
 今日を迎えるまで一年がとてつもなく長いと感じていた。
 我が社には「スリッパ祭」という会社主催の祭がある。
 会社負担で無礼講でビールを飲みながら業務用スリッパで社員達を叩き合う変わった祭だ。
 叩き方は人それぞれ。オーソドックスに頭を上から振りかぶって叩く者もいれば、サイドスローで頬を叩く者もいる。ソフトボールのピッチャーの投球フォームのように顎にめがけて下から突き上げる強者もいる。
 スリッパで叩き合う事で日頃溜まった思いを伝え合う。上司への鬱憤、恋慕の情、思いは何でも構わない。とにかく思いを込めてスリッパで叩き合う。スリッパ祭をきっかけに恋愛関係に発展した社員達も少なくはない。
 俺は女子社員からの「告白スリッパ」を期待していたが、後輩達からの「西条さん、尊敬してます!」という言葉とともに頭を叩かれる「尊敬スリッパ」を何度か浴びせられていた。尊敬の念を体感できるのであれば頭の痛みもそんなに悪いものではない。
 しかし、中間管理職にとってスリッパ祭は恐ろしい行事だ。
 スリッパ祭では中間管理職に対して「スリッパ査定」という査定が行われる。部下にスリッパで叩かれる回数に応じてボーナスが一万円ずつ減額されるのだ。
 例えば、五十人の部下を率いる部長が五十人全員からスリッパで頭を叩かれた場合、ボーナスが五十万円減額される。これはスリッパで叩かれる痛みより懐にダメージを与える。
 俺の上司の桑田課長はスリッパ査定で叩かれるのを恐れて前々から俺達部下に叩かないように根回しをしていた。
 桑田課長、俺達にそんな根回しは通用しない。たとえあなたからの査定が悪くなったとしても俺達は全力であなたの頭を叩かせてもらう!  これは俺達の総意だ。それに俺達に根回しした事は事前に人事部の部長に伝えておいた。あんたのボーナスは俺達に叩かれようが叩かれまいが支給されない。
「えー、それではスリッパ査定を始めます。社員の方々はそれぞれの部署の管理職の前にお並びください」
 総務部の社員からの号令を聞き、俺は桑田課長に相対して最前列に並んだ。
「さ、西条君、私を叩くのかい?」
「ええ、思いっきりいきますよ。覚悟してください!」
「始めぇ!」
 スパーンッ!
 俺の桑田課長に対する一撃は心地よい響きをあげてヒットした。
 引き続き桑田課長は部下達のスリッパの一撃を浴びていた。桑田課長の前に並んでいる行列は他の行列よりも長かった。なぜなら他の部署の社員も並んでいたからだ。
 後に聞いた話では桑田課長は叩かれすぎてマイナス査定となり、会社にマイナス給与を支払ったそうだ。
 今年のスリッパ祭も一年分の溜まった鬱憤を晴らす事ができた。これで来年のスリッパ祭まで一生懸命働ける。明日からまた頑張ろう。
 パシッ!
 そう思っていた矢先、不意に後ろから頭をスリッパで叩かれた。
 振り向くと俺が指導している新入社員の安西が立っていた。
「西条さん、いつもご指導ありがとうございます。あ、あの……」
「な、なに?」
「わ、私とお付き合いして頂けないでしょうか」
「え?」
「告白スリッパです。お答え頂けませんか?」
 安西は今年の新入社員の中で一番かわいいと評判の女性社員だった。俺に断る理由はない。
 ポンッ。
 俺はスリッパで安西の頭を軽く叩いた。
「もちろんOKだよ。だけど、仕事の指導はこれまで通り厳しくいくからな!」
「は、はい!」
 その日、スリッパ祭を終えてから安西と俺は会社近くの居酒屋で酒を飲んだ。
 安西は高校時代卓球部のエースだったそうだ。スリッパ査定で桑田課長が安西のサイドスローの一撃を喰らった時に真横に吹き飛ばされた理由がわかった。
「安西」
「なんですか? 西条さん」
「お前の事、大事にするからな。桑田課長と同じ目に遭うのはごめんだ」
「はい! よろしくお願いします!」

 三年後、俺は安西と結婚した。我が社ではスリッパ祭をきっかけにした結婚を「スリッパ婚」と呼んでいる。

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