実証怪談噺

実証怪談噺

――品川時空研究所にて。

 研究所の片隅で、ラジオが鳴っていた。     
――さて皆々様。
 怪談『海蜻蛉―うみとんぼ―』をご存じで御座いましょうか。これは漁師の間に伝わる怪談でしてな。
 そもそも、蜻蛉は山をねぐらにしております故、そうそう、海にやってくることは御座いませぬ。
 ところが、沖で漁をしていると、突然人よりも大きな蜻蛉が姿を現わし、漁師どもをかどわかすと云うので御座いますから、さて恐ろしい。
 そんな言い伝えがありますから、漁師は今でもお守り代わりに、トンボ玉を一つ持って、漁にでるそうで御座いますな。
 さてこの怪談、実話をもとに作られているそうで、時代は遡り江戸時代――。

 しかし、博士の耳には届かなかった。博士は、興奮気味にエンターキーを叩き、助手に向かって言った。
「か、完成だ。これが時空転送装置だ」
「博士、やりましたね」
 二人は肩を並べ、完成した装置を感慨深く眺めた。
 時空転送装置とは、時空を超えて様々な時代に、物質を送ることができるという装置である。しかしそれは理論上の話であり、今し方完成したものは、その試作機だった。

「さぁ、さっそく実験だ」
 博士はそう言うと、机の上から、ビー玉の入った袋を手にとった。
 その装置は、電力の問題から、ごく小さなものしか送ることがきない設計となっていた。ビー玉は、そのために用意してあったものだ。
「さぁ、これを装置に入れてくれ。私は送り先の設定を確認するとしよう」
 博士はそう言うと、コンピューターの前に座った。装置にビー玉をセットし終えた助手が、モニターを指さして言った。
「やはり、江戸時代の時空波が拾いやすいですね。江戸時代でいきますか?」
 過去から未来に向かって流れる時間には、波長のようなものがある。ある時二人は、江戸時代の波長が特に大きくなっていることを、偶然発見したのだった。
 博士は頷いて言った。
「江戸時代なら、ビー玉を送っても問題ないだろう。歴史が変ってしまうようなことは、避けねばならんからな」
「ところで、博士。時代は江戸時代として、場所はどこなんですか?」
「いや、場所までは指定できんよ。つまり、江戸時代のこの場所ということだ。よし、装置から離れてくれ。システムを起動するぞ」
 博士は一度、大きく息を吸い込んだ。
「時空転送装置、起動! ポチッとな」
 博士が、エンターキーを叩くと、装置は、バチリと小さな音を立てた。すぐに助手が中身を確認する。
「き・・・・・・消えています」
「成功だ!」
 二人は跳びはね、抱き合って喜んだ。
 しかし突然、博士はふと冷静に戻り、ズレたメガネを直しながら言った。
「待て待て。もう一度だ。偶然かもしれん」
「それもそうですね」
 再び、装置はバチリと音を立て、やはりビー玉は姿を消したのだった。
「・・・・・・消えています」
「わ、私はついにやったぞぉ!」
 興奮する博士を尻目に、助手が素朴な疑問を口にした。
「でも博士、これはビー玉が消えただけで、江戸時代に送られたかどうかは、証明できていませんよね」
 博士のメガネが、再びズレた。
 いわゆる天才というものは、一つのことに秀でてはいるが、肝心なところが抜けていたりもする。この博士も、その類いだったわけだ。
 博士は苦い顔で言った。
「送られたビー玉が、現代で見つかれば、証明できるんだがなぁ」
「しかし、江戸時代ですからね、残っている可能性は低いでしょう――それに、この場所、当時はまだ海ですから」
 博士のメガネが曇った。
「あっ・・・・・・そうか。仮に成功してても、ビー玉は海の底なのか。はて、どうしたものか・・・・・・」
 実証できなければ、実験は失敗も同然だった。二人は、すっかり肩を落としてしまったのだった。

 一方その頃、江戸時代では――。

――チャポン。

「ん? 魚でも跳ねたか?」
 江戸の漁師は海面に目をやった。すると、何かが、キラキラと沈んでいくではないか。
「なんだぁ?」

――チャポン。

 しばらく海面を見ていると、再び音が聞こえた。咄嗟にそれをすくい取ってみると――。
「なんでぇ、トンボ玉じゃねぇか。なんで空からこんなもんが・・・・・・?」
 トンボ玉とは、江戸時代に作られたビー玉のことである。しかし、よく見てみると、それは漁師の見知ったものとは違い、透明の整った球形で、中には、不気味な縦筋があったのだ。
「こ、こりゃあ! 物の怪の目玉じゃあ!」
 漁師は恐ろしくなり、それを投げ捨てると、大急ぎで陸へと逃げ帰ったのだった。
 
 そして、漁師は仲間にこう語った。
「みみみ、みんな聞いてくれ! 今、沖でト、トンボのお化けが出たんだよぉ!」と。

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酒井貴司

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